1. 空き家があふれる日本

平成28年2月に発表された平成27年国勢調査の人口速報値は前回の平成22年国勢調査と比べて初の人口減少となりました。多くのメディアで報道されましたので、ご存知の方も多いことと思います。人口という点ではついに日本の縮退が始まったのです。
国立社会保障・人口問題研究所が平成22年国勢調査結果を基に日本の将来推計人口を発表したのが平成24年1月。日本創生会議(座長・増田寛也元総務相)が消滅可能性都市を発表したのが平成26年2月。数多くの人口減少という情報に接し、多くの方は日本の人口が減少することに対して違和感を持たなくなったと思いますが、国勢調査の結果として人口減少が現実となった事に衝撃を受けた方もおられるのではないでしょうか。
人口減少はあらゆる方面に影響を与えます。働き手が不足して経済活動が低下するかもしれないし、納税者が減少して税収が減少するかもしれません。もっと身近な例では人が減るのだから家が余るかもしれないということがあります。ただ、住宅と人口の関係はもう少し複雑のようです。
住宅に関する統計として、総務省が5年に一度実施される住宅・土地統計調査があります。最新の調査は平成25年に実施されており、住宅総数は約6,063万戸、そのうち居住世帯ありの住宅が約5,210万戸、居住世帯なしの住宅が約853万戸(そのうち空き家が約820万戸)となっています (図1) 。


過去の国勢調査と住宅土地統計の推移を見てみると、居住世帯のある住宅数は一般世帯人員数より一般世帯数と高い相関がみられます。つまり住宅は人口ではなく世帯数が関係するということです (図2) 。

しかし一般世帯人員数と一般世帯数の推移は必ずしも一致していません。実際に平成27年国勢調査で一般世帯人員数は減少に転じますが、実は一般世帯数はまだ減少に転じておらず横ばいとなっています (図3) 。


平成27年国勢調査では一般世帯数(施設等に居住する世帯を除いた世帯)は約5,188万世帯ですから、平成25年調査の居住世帯ありの住宅約5,210万戸は妥当な数字といえそうです。一方で住宅総数6,063万戸から推察すれば「世帯数 < 住宅総数」の状態となっており、居住世帯なしの住宅が余っている家ということになります。
しかし、やがて一般世帯数も減少に転じることが容易に予測できますから、居住世帯ありの住宅は減少します。居住世帯ありから居住世帯なしに転じる、すなわち空き家が増えることは避けられそうにありません。もちろん新たに空き家となった住宅を全て取り壊すというなら話は別ですが、そんなことにはならないでしょうから、これからは日本中に空き家が益々あふれてゆくことになります。

2. モラトリアムと空き家管理

これから日本は空き家の増加が止まらないようですが、賃貸用や売買用として一時期空き家になることは致し方ないとしても、利用の目処もなく放置される空き家は防犯上も景観上も街の活性化という点でも地域から歓迎される存在ではありません。何とか空き家を減らさなければならないのです。
空き家を減らす方法は、次の3つの方法しかありません。
 空き家を作らない
 空き家を利用する
 空き家を取り壊す
当たり前すぎますが、でもこの3つです。そして、今ある空き家を減らす方法は誰かが利用するか、取り壊して空き地にするしかありません。
「それができるのなら誰も苦労をしません。それができないから空き家となっているのです。」とお叱りの声が聞こえてきそうですが、それはごもっともな話です。空き家に関係する多くの方にはそれぞれの思いや考えがあり、簡単に売ったり貸したり取り壊したりするという決断ができないのが現実でしょう。
でも本当にそうでしょうか?空き家を所有されている方は本気で決断をしようとされているでしょうか?空き家を何かしようと決断するのは面倒だし、このまま放置しておいても特に困らないから放置しておこう。そんな空き家の所有者も決して少なくないのではないかと思います。
もちろん空き家をどうするかという決断がすぐに出来ない場合も少なくないでしょうが、空き家である期間が長くなれば、もう一度利用をしようとした時には手を入れなければならないこともありますし、何より空き家があることで地域にご迷惑をかけているかもしれません。せっかくの資産が負の資産になってしまします。
様々な要因である時期に空き家になるのは致し方ないのかもしれませんが、それは空き家をどうするかという決断するまでのモラトリアム期間なのかもしれません。そんな時にも大切な資産の価値を下げず、地域にも迷惑をかけないためには空き家をきちんと管理することがとても重要となります。
空き家管理というと専門的な知識が必要で簡単ではないと思われるかもしれませんが、実はそんなことはありません。これからは空き家の管理が重要になるということで国土交通省の支援を受けた専門家の団体が作成した空き家管理のマニュアルやツール類がすでに整備されていますので、建築や不動産に詳しくない方でも明日から十分に実践できます。 (図4、図5、図6、図7)


ただ、所有する空き家が遠距離にあり、自分で管理できない人も少なくないと思います。民間事業者で空き家管理を請け負うところも出てきていますが、費用面や心理面でお願いするに至らないケースもあるでしょう。しかし、マニュアルやツール類が整備されたことを契機として自治体が中心となって空き家管理に取り組む事例も出てきています。
例えば大阪府池田市では池田市役所が中心となり、空き家管理ツールを作成した大阪府不動産コンサルティング協会、管理作業を請け負うシルバー人材センターが連携して市民に低価格の空き家管理サービスを紹介しています。行政が関与することにより依頼者の不安も軽減されますから、このような事例は今後も増えてくると思われます。

3. 残せる空き家と残せない空き家

空き家をどうするかの決断ができるまでは適切に管理をすることが重要になると思いますが、管理をしているからと言っていつまでも空き家のまま放置するのは勿体ない話です。うまく活用すれば所有者だけでなく地域にとっても良い効果が生まれる空き家も少なくないし、何より人が住むと街に活気が生まれてきます。
ただ、空き家といっても全てが利用できるものばかりではなく、誰が見てもやがては取り壊すしかないという空き家もあります。それは建物の状態が悪いという場合もありますが、建物は良好な状態であっても利用する人が見込めないという地域の問題もあるかもしれません。おそらく所有者も似たような認識を持っているのではないでしょうか。
例えば長崎では人口減少が顕著な離島や山間部がありますが、いくら空き家を管理して空き家バンクに登録していても入居希望者はそう簡単には現れませんが、一方ですぐに入居希望者が現れる場合もあります。それは単に建物の問題だけではなく就業環境や教育環境や医療体制など様々な社会的要因が絡んでいるためで、地域内でも利用される可能性がある=残せる空き家と、利用が難しい=残せない空き家が生まれているのです。
しかし離島や山間部だけではなく都市部でも、交通の便が悪かったり斜面地であったりして入居希望者が現れにくい場合もありますし、狭い道しか接道していなくて再建築できないため買い手が付きにくいなど都市部ならではの要因もあったりもします。実はどの地域にも残せる空き家と残せない空き家が混在しており、空き家ごとに置かれている状況を判断しなければならないのです。
そうなると、もはや空き家問題を解決する糸口は単純な地域性だけでは見つけられません。空き家1軒1軒にそれぞれの処方箋が必要となります。空き家の所有者にも使われる機会が少なく残すことが難しい空き家もあるということに対して理解を深めていただく機会を増やし、同時に使われる可能性が高く残せる空き家にはきちんと活用できる仕組みが用意されていることが必要です。
そして何より重要なことは、街に埋もれている残せる空き家を発掘するためにも、空き家の所有者が気軽に相談できる受け皿づくりだと思います。誰にも相談できず、当面困ったことが起きていないので先送りしている空き家の所有者は少なからずおられます。また不動産に関する相談は敷居が高いうえに、知識が不足していて騙されるのではないかという不安が色濃くあるのかもしれません。
具体的には行政が窓口となり、実際に相談を受ける民間団体と連携して、空き家で悩む前にちょっとした相談ができる仕組みをつくることが、所有者が空き家問題に向き合うきっかけになるかもしれません。空き家の所有者と共に、残せる空き家なのか残せない空き家なのか、活用するのか処分するのか管理しながら先送りするのかを考えることは有効だと思います。
例えば大阪府不動産コンサルティング協会は空き家をはじめとする低活用不動産の問題を解決するための窓口(不動産利活用センター)を官民連携で設置し、地域内で不動産活用する仕組みを提唱しています(図8)。


不動産利活用センターで相談を受けた空き家は不動産引取支援機構が、空き家になる前の場合は自宅不動産活用センターが適正な処方箋を作成し、所有者の意思決定を支援すると同時に、必要に応じて専門家に繋ぐという仕組みです。最近では空き家の処分に困って有償でも良いから引き取ってほしいという要望も増えているとのことです。

4. 住宅にも「終活」時代が到来

少し話は変わりますが、人口減少と同時に社会課題として議論が活発化しているのが高齢社会です。高齢社会は年金や医療介護など、多くの課題が複雑に絡んできます。そんな時代を反映してか、最近は終活という言葉も広まり、多くの高齢者が自分の人生の閉じ方を考える時代になってきました。
実は住宅にも人間と同じように生老病死があります。住宅は人が住むために建築されるものですから、空き家は死が近づきつつある病気の状態と言えるのではないでしょうか。人間と違うのは「死=取り壊し」で終わりではなく、取り壊した後に建て替えや、住宅としては再生しないが土地を活用するというステージがあることです(図9)。


いずれにしても住宅にも生老病死があり、病や死のステージに近い住宅には終活が必要になります。それでは住宅の終活とは何でしょうか?すでに書きましたように住宅は人間とは異なり死の後のステージがありますから、住宅の終活は死後に向けた準備です。それは所有者の終活にも連動してくるとても大切な内容です。
住宅の終活に関連するタイミングは大きく2つあります。一つは人が住まなくなった時あるいはいずれは誰も住まなくなると分かった時、もう一つは相続が発生する時です。そして住宅の終活の主な内容としては建築としての話と権利の話が中心となります。特に権利の話は非常に複雑ですから、機会を見つけて早く取り組むことが肝要です。
いずれにしても、今後発生する事態(人が住まない、相続が発生する等)を予測して、その後に対処する時に障害となることに対して事前に準備しておくことです。家財の整理や住宅のメンテナンスもそうですし、権利者の把握(古い家では結構大変なことがあります)も手を付けておくと、いざというときに助かります。
そしてこれから注目されるのは病気=空き家にしないための予防策です。全く人間と同じ状況になってきましたね。例えば高齢の所有者がおひとりで住まわれていて、子供さんなどの関係者が遠方で暮らしている場合は間違いなく「空き家予備軍」です。きっと皆さんの周りにも似たようなお宅があるのではないでしょうか?
このようなお宅では、空き家になってしまう前に単身でお住まいの高齢者の住み替えをされると同時に住宅の活用法を検討すれば対応策の幅はずいぶん広がりますし、結果的に費用も安く済ませることができるかもしれません。先手必勝で空き家の予防策を実施することは所有者やその関係者、地域にとっても有効な手段になり得るのです。
とはいっても、高齢の方が簡単に住み替えに同意してくれるとは限りませんし、住み替え先の確保が困難な場合があるかもしれません。もちろんすべての方がうまく事を運べるわけではありませんが、1軒でも空き家になることを予防するという地道な活動こそ、これからの時代に求められると思います(図10)。

5. 錆びない、街づくり

住宅も街も人が住まないと錆びてしまいます。それはまるで澱んだ淵のようで、一度そのような状態になってしまうと、再生するには思いの外の時間と労力と費用が掛かってしまうものです。しかし、これから日本の多くの都市では人口が減少し、街の縮退が待ったなしの状況です。縮退する街と付き合うしかないのです。
単に地方創生と叫んでいるだけでは何も変わりません。まずは身近にできることから取り組むことが何よりの特効薬です。そのために街にある空き家の所有者に寄り添い、それぞれの空き家に適した処方性を作成し、それが実行できるように官民一体となった場づくりが第一歩となるのではないでしょうか。
「錆びない、街づくり」というのは、決して鉄を使わない木造主体の街づくりではなく、人生のステージや置かれている状況に合わせて住み替えを行い易くすることで、住人が流動化し、街から空き家を減らすことを目指すための合言葉です。人が動けば、お金も動くし、街には活気が出てきます。
コンパクトシティ政策にも限界が見え隠れする中、ありのままの街を受け入れながら、どのように縮退する街と付き合っていくかが地域力として試される時です。官民一体となって錆びない街づくりを実践するために、街に関わる皆さんが共有できるグランドデザインを描き、一歩一歩着実に歩みを進めましょう。
(了)

ながさき経済2017年1月号 寄稿

日本プラチナタウン開発株式会社 代表取締役
東京大学大学院工学研究科建築学専攻 研究員